酒田市で美味しい台湾料理・中華料理を楽しみたい方はぜひ当店へお気軽にご来店下さい!

店長 菅井 亮

091A54201978年生まれ。

日本人の父と、台湾人の母の間に

生まれる。

小学生時代、ハーフということで、

たくさんいじめられる経験をする。

弱虫だったので、

親に無理矢理剣道をさせられる。

中学時代、元いじめられっこが、

マンガ「あしたのジョー」に出会い

ボクシングに憧れ、

酒田南高校へ入学する。

当時、30人以上の入部希望者がいた

人気のボクシング部だったが、

ハードな練習と、先輩のしごき、

同階級同士のレギュラー争いに

退部者続出する中、なんとか生き残る。

高2、3年時にライトフライ級で

県チャンピオンになる経験をするも、

肝心の山形県インターハイ予選で減量苦や

油断も原因してまさかの決勝敗退。燃え尽きる。

 

とりあえず、東京で遊びたかったと言う理由と、

自分の未来がよくわからなかった事、

また成績がイマイチで大学進学は無理と担任に言われた為、

手に職をつけるのが良策と考え、服部栄養専門学校料理師科に入学。

調理師を目指す。

服部栄養専門学校在学時に、高校の同級生を通じて妻と出会う。

服部在学時、妻の友人のデザイン専門学校を見学する事になりショックを受ける。

厨房という閉鎖的な空間に恐怖を感じて、東京で感じたオシャレ感、

かっこ良さ、スタイリッシュさに憧れデザイナーを目指し始める。

服部栄養専門学校卒業後、アルバイトでお金を貯めてお茶の水美術専門学校へ入学。

初めて学ぶ事に対して充実感を感じる。

子供の頃の物を作るのが好き!絵を描くのが好き!を思い出して、

ファニチャーデザイン、グラフィックデザイン、写真など幅広く学ぶ。

在学中、作品制作などで数々の賞を校内で受賞する。

卒業作品展は校長賞というトップの成績で卒業。

 

卒業後は小さなデザイン会社に入社するも、仕事内容に不満を感じて半年程で退社。

就職氷河期と言われた時代で、次の就職先がなかなか決まらず、

付合っていた妻の明子さんに養ってもらう。

履歴書や企業に郵送した学生時代の作品集「ポートフォリオ」は30社以上!!

ようやく面接に受かっても、仕事の内容や会社の雰囲気が違うと感じて

辞退して明子さんに驚かれ、愛想付かされそうになる。

そんな時、あこがれのインテリアデザイン事務所の募集を発見し、慌てて面接を受けに行く。

デザイン事務所の地図を記憶したつもりが道に迷い面接に遅刻してしまう。

とても印象悪い所からの面接で、もう無理だなって思ったら開き直れて、

ポートフォリオだけでも見てもらうようお願いする。

そしたら突然笑顔になって面接がいい雰囲気になる。

30〜40人の大卒者のエントリーがあった中、専門卒の自分がまさかの即採用をゲット!!

 

次の日から有名デザイン事務所での修行が始まる!

初出社の日、店舗の内装の図面なんて書いた事が無かったので、

いきなり女性の先輩に「使えねえ」と言われる。

そして社長に厚さ5センチくらいあるCGソフトの本を渡されて

3ヶ月でマスター出来なかったら「首」って言われる。

図面の勉強、CGソフトの勉強をしながら激務の雑用をこなしまくる。

図面もすぐに書けるようになり、CGソフトも3ヶ月でマスターして、

とりあえず「使えねえ」って言った先輩には「やるじゃん」って言ってもらえるようになる。

そして新人なのに明子さんと結婚する。

当時、東京は汐留電通ビル、赤坂プルデンシャルタワー、六本木ヒルズなどたくさんの建築、

開発が進みデザイン事務所は超大忙し!!

3日間家に帰れなかったり、3ヶ月間一度も休まなかったりする。

新婚なのに、新婚生活を味わう事無く月日が過ぎる。

 

ある時、父と母が酒田で飲食店を始めたいと店舗設計の相談を持ちかけられる。

同時に妻明子の妊娠が発覚。

妻の子供は田舎で育てたいという気持ちに後押しされ、

両親の相談と妊娠がきっかけで酒田に帰る事を決断する。

2003年3月。

酒茶房如意オープン!

様々なピンチを乗り越えて今に至る。

 

091A5464

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